ひょっこりアメリカ便り2014                  

 アキコ ヒラノ スインデル
 (ふるさとのフリーペーパーSundayやないで連載しています。) ひょこあめ2013へ



Vol.82  願 望

 我が家行きつけのキリスト教会(私は隠れ仏教徒)友達に、重国トーマスさんという方がいる。朝鮮戦争時代、東京のマッカーサー率いるアメリカ軍で、満州から引き上げてくる日本人(強制労働従事者)からロシアの情報を引き出す仕事をされていた。
 時代はまさに“朝鮮戦争“しかもロシアは”同盟国”。なのにアメリカは将来の敵国をすでにロシアと想定していたのである。ちなみに当時“敵国”だった中国は、ロシア製の戦闘機を使っていた。
 さて今。中国はアメリカにもサイバー攻撃などしかけ、あからさまに好戦的なのだが、私はそんなニュースを読むたび、第二次世界大戦時にアメリカにいた日本人・日系人の苦悩を思ってしまう。身近な話、私の娘のクラスメートにも、親が中国からアメリカの大学に進み、そのままアメリカで家庭を持っているという子がいる。その子の祖父は中国から呼び寄せられ同居している。もし米中間が本当にキナ臭くなれば、彼らはいったい、どうするのか・・
 20世紀の世界大戦で、各国は「戦争はコリゴリ」「植民地主義は終了」「二度と過ちは繰り返さない」と肝に銘じた・・と、私なんかは思ってきたのだが、いまだにその前レベルにいる国が台頭する現在、未来はもはや予測不能だ。
 昔、日本がバブルの頃、中国が「日本は次は軍事で世界征服する気だ」と発言した。私は笑ったが、同時に「ああ、これって中国自身の願望なんだ」とも思った。
 戦争の願望、平和の願望。どうか平和の願望が打ち勝ちますように、と願望せずにはいられない。



(2014年1月)




Vol.83 国際結婚インタビュー

 2月といえばバレンタイン・デー。これはローマ帝国時代、家庭と結婚の女神ユノの祝日であり、また、兵士の結婚を禁止したローマ皇帝に隠れて恋人たちを結婚させたバレンタイン司祭を処刑する際、あえてユノの祝日にあわせてそのいけにえとした・・・のが起源というのが一般論らしい。ちなみにこのバレンタインさん、史実上の実在は明らかでないそうです。
 というわけで今回の“ひょこアメ“は結婚のお話。昨年、ロサンゼルスの日系誌で私が漫画イラストデビューできたことを報告いたしましたが、そこから私の漫画ブログ「アメリカは今日もアレだった」を見てくださった婚活サポート会社が、国際結婚体験についてのインタビューを申し込んでこられたのです。
 け、結婚体験・・それは途方も無く千差万別にして個人的なことではあるけれど、そんな超ワタクシ話がもしもどなたかのご参考になるならば・・という夫との話し合いにより、お引き受けしました。その会社のHPでは、大輪のバラのように華麗な有名人・武田久美子さんと、世界最高に無名かつ不美人草な私が並んで載ってます(大汗)。
 そして、インタビュアーや読まれた方の涙を誘うほど感動させたのは、私ではなく夫の一言(爆)。それは「他の人をしあわせにする人と結婚して」。意味は、“私を幸せにして!”とばかり要求する人とは結婚しないほうがいいよ、ということだそうですよ。


 雑誌広告から
(2014年2月)




Vol.84  ありあまる太陽光なのに

 昨年末、平生に帰省してびっくりした。20年以上“毎度おなじみ”だった草原が、びっしりキラキラ、鏡のような物体で覆われていたのだ。そして、このような出力1メガ(1000キロ)ワット以上の大規模な太陽光発電所を「メガソーラー」と呼ぶことをネットで確認した。
 たしかに、日本では大規模・・だが、カリフォルニアの砂漠地帯で14平方キロメートルの広さと377メガワットの出力を誇る太陽光(正しくは太陽熱)発電を知る夫の目には、「なんて細かく土地を利用しているんだ。いじらしい努力がステキ!」と映ったらしい。
 年間降雨量が少ない柳井地方は、太陽光発電に適した場所だろう。しかし、ここロサンゼルスを含む南カリフォルニアは、柳井をブッチギリで引き離すほど毎日が晴れ。そんなピーカン空&超ドライ空気の中、我々住民は外にせんたくものを干すこともせず(美観のため)、わざわざ電気を使って機械で乾かす。このありあまる太陽光という豊かな資源をダダ漏れにして・・。
 というわけなのか、娘が通う学校では、ただいま校庭に小さな太陽光発電所を建設している。だが、この工事が重機を駆使してたいへんそう。3年ばかり前、屋根や壁にペイントするだけで太陽光発電が可能になる技術が開発されたというニュースを読んだが、それが実用化されたら、カリフォルニアでも各家庭で洗濯乾燥機の電気など余裕でまかなう・・そんな日が、来ればいいな。


(2014年3月)




Vol.85
  宿題が多い!!
 
 アメリカの新学年は9月なので、娘はまだ小学2年生。小学校中学年までどん底劣等生だった私には、この年頃は勉学にいそしむというより、わけがわからないままただ毎日が過ぎていったものだ。

 が・・アメリカの学校が特別なのか、今の日本でもそうなのか、娘が持ち帰る宿題が、マジ多い!! 私がこの子の頃、こんなにあったっけ? と遠い記憶をあわててかきまわしてしまうほどである。しかも、親が見てやることが前提になっているので、毎晩子どもと一緒に宿題バトルなんだよハアハアハア。
 さらに、1週間に100分間以上の読書が課せられ、親が時間を計って子どもが記録用紙に書き込む。さらに2、“余分“の算数問題集が配布され、先生が指示する章をやったら宿題の後ろにホチキスでとめて提出する。さらに3、季節のイベントごとに簡単な工作と作文・・・ヒイイイお代官様そんなご無体なッ!!
 とこんなありさまなので、親が面倒を見てやる子とやらない子の間には、やがて大きな差が出てくるはずだ。アメリカは日本に比べ人々の学力格差が大きいので、親の出来がモロに影響するのではないだろうか。今のところ、うちはキマジメな私(笑)が尻をたたきアメリカ人の夫となんとかやっているが、数学などはやがて私の手に負えなくなり、理系の夫に頼ることとなるに違いない。
 また、これが日本人(非アメリカ人)同士の両親だと、辞書やネットと首っ引きで本当に一からたいへんだろうとも思うのである。

(2014年4月)




Vol.86
  クルーズ初体験!!

 娘の学校が春休みになり、夫もそれに合わせて休暇をとれる。「何がしたい?」と夫が私に聞く。それがモロ、私からの指示まち態勢だったので「クルーズ!!」と力強く答えた。
 クルーズ!夢のクルーズ!! 昨年、私が好きな内田康夫センセのミステリー「貴賓室の怪人」を読んで以来、豪華客船クルーズがわたくしの夢だったのだ。
 とはいえ、夫と私は過去にエジプトでナイル川クルーズをしている。さらに、ニュージーランドのフィヨルドでも一泊クルーズをした“らしい”。「あの、とっても寒い朝を覚えていない?」と夫は言うのだが、私にはフィヨルドの思い出はあっても船中泊した記憶が無い。これは一体、どういうことなのか? まったくわかりません・・
 とにかく、川でもなく入り江でもなく、太平洋を大型客船でクルーズでい!! が実現した。まあ、内田センセのように98日かけて世界一周とは程遠く、4泊5日でロサンゼルス沖の島と国境近くのメキシコの港町までちょろっと行って帰ってくるだけ。船はいかにも一般大衆が喜びそうな非日常バブリー世界の”豪華“客船だが、ファミリー向けで一番お安い。 
 それで安く見られているのかどうか知らないが、しょっぱなの乗船手続きでは4時間の間に2〜3千人の乗客をさばくのに、空港より少ないカウンターの順番待ち。お客は大きな荷物を引き連れ牛歩状態で、カウンター後も船室まで自力で荷物を運んでいった我々なのだった・・
 そんな珍クルーズ話、来月も続きます!!



ごーかきゃくせん!!
(2014年5月)




Vol.87
  クルーズの苦悩

 さて、先月に引き続きクルーズのお話。題名に「苦悩」と書いたが、まさに我々人間にとってこれが困ると苦しい!!トイレ問題が発生した。
 クルーズのトイレは真空吸い込み式になっていて、水を節約できる。だが、クルーズでむかえた最初の朝、子どもと私の使用後、いきなり詰まった。船はすでに寄港地に停泊していて、オプショナルツアーの集合時間はせまっている。苦境に立たされる夫!!
 修理員を呼ぶがなかなか来ないので、夫はレストラン階にある公衆トイレへ走っていった。そしてトイレットペーパーがないので戻ってきた・汗。やがて修理が済むも、夫が少し使用するとまたのお詰まり。夫、今度はトイレットペーパーをかかえ再び走る!!
 「部屋を替えてくれ」と夫はスチュワードに頼んだが「修理しますので」と断られ、さらにこのトイレはその後もまた詰まり、なぜか下から床に汚水があふれたり(ヒイ!!)と大暴れ・・ついに「この部屋のトイレでは“小“のみ許可!!」条例がしかれてしまった。
 さらに、このトイレだけではなく、温水プールの水が氷のように冷たくて泳げないという、子どもの夢破りな事態がけっきょく最後まで続いたのだ。これが日本のクルーズ船なら責任者土下座とまではいかないが、わびの一つもあろうというもの・・それも無し。
 ただ、食事だけは美味だった。海千“海”千のこのクルーズ会社、うまいメシさえ食わせときゃあとはどーでもダイジョーブ!!という織りこみ済みだったのかもしれない。
 

あたかも極楽なプール。
(2014年6月)




Vol.88
  月謝を払わない
 

 5月のある土曜日、娘が通う日本語学校から渡された月謝袋の中に、小さな印刷メモが入っていた。
 「毎年6月は、月謝をいただくのにたいへん困難します」そうなのか。「よって今月は5月と6月の二か月分をまとめてお支払いいただきたく」わかりました・・。「また、ここ数ヶ月、月謝を納めないご家庭が」ええっ!何ヶ月も滞納なんてすごい度胸だな!! 「かなりあります」って何人もいるのかよ!!
 日本語学校は、いわゆる塾。義務教育ではなく、わざわざ自分たちで選んで自主的に子どもを通わせている。その月謝を払わないなんて、考えられる? 怒りつつ夫に伝えると、「うーん、このまま逃げ切るつもりかもね」。
 逃げ切る。つまりアメリカの学年度は6月に終了するので、滞納を学年末まで全う(?)し、そこで退学するわけだ。先生は何ヶ月もタダ働きで、かといって教室でその子どもだけ無視しないだろうし、滞納のことを伝えたりもしないだろう。さらに「6月の月謝回収が困難」というのも、最終月を“食い逃げ”する家庭の多さを物語るのではないか・・?
 日本語学校に通う子どもたちは、両親が日本人とか、うちのように片親が日本人がほとんどだ。日本にも悪人は多くいる。だが、私はアメリカに来てことさら、日本人とは礼儀正しく几帳面な人々という誇りを持ってしまっているので、なんとも心傷ついてしまうのだ。

(2014年7月)



Vol.89
  25年      

 ライトハウスという日系フリーマガジン(ロサンゼルス・シアトル・ポートランド・サンディエゴ・ハワイ地域で発行)に私がイラストを描かせていただくようになったことは前に書いたが、今年はそのライトハウス、創刊25周年である。
 それを記念して「ライトハウス25年物語」という漫画が夏の増刊号に掲載された。増刊号143ページ中7ページを占めるその漫画の絵を、なんとこのわたくしがおおせつかったのでございます!!
 物語は、現会長のK氏が四国の商船学校を卒業後たった1週間でアメリカに渡り、初めは塾講師をしながら雑誌を作り始める・・広告取りに3千軒をあたっても取れたのはたった1軒(ここは漫画では最終的にカットされた)・・それでも前向きに進んでいく・・と、ドドドド根性ものなのだが、このK氏、じつは私より学年としては一コ下、私は早生まれなので同年の生まれである。
 若い頃のお写真を見ると、まさにあの時代のあのジャニーズ的なヘアスタイルわかるわかるわあの頃ね!! なのだが、その後の25年、なんと違う生き方をしてきたものよ・・・と、自分を引き比べてしまった。
 やはり何事かを成すには若い頃からこのように一心不乱に突き進んでいかなくてはならぬものなのか。若さと情熱が組み合わさって初めて志が遂げられるものなのか・・。
 しかしまた。「大器晩成」「遅咲きの花」という言葉もある。健康に留意して長生きしようー そう思うわたくしである(爆)。

 掲載された漫画です。
(2014年8月)




Vol.90 
 442部隊と私の失態

 442部隊をご存知ですか? >第二次世界大戦中のアメリカ合衆国陸軍において日系アメリカ人のみで編成された部隊。(中略)ヨーロッパ戦線に投入され、枢軸国相手に勇戦敢闘した。その激闘ぶりはのべ死傷率314%(のべ死傷者数9,486人)という数字が示している。アメリカ合衆国史上もっとも多くの勲章を受けた部隊としても知られる。<(ウィキペディアより)
 大戦中、アメリカの日系人は敵国人として、また黄色人種として差別を受けた。同じ敵国のイタリアやドイツからの移民にはなされなかった財産没収と強制収容所送りだ。
 こんな扱いを受けながらアメリカ軍に入ったのは>「ここで志願して自分たちを証明しないと日系人の将来はない(中略)生きて帰って来れないかもしれないが、それでも価値があるんだ」(元442連隊のケン・アクネさん)。<(ライトハウス誌より)
 こうして彼らは訓練でも実戦でも超優秀な成績を上げ、フランスの森でドイツ軍に包囲され身動きできなくなっていたテキサス大隊を救出。211人のテキサス兵を助けるため、216人の日系兵士が命を失い、600人以上が手足を失うなどの重傷を負った。
 私たち日系人の人権を築くために勇気を持ち、犠牲となられた442部隊。その一員だった方と日系のお祭りでお会いする機会があり、私は興奮と感動のひと時を過ごしたのだが・・翌日、夫が私に「昨日話してたのは情報部の人だよ。442部隊員さんは横で静かに座ってた」。なななななんっちゅ=!!大馬鹿者のわたくし=!!


左が442部隊のタカハシ・ミルトンさん。
(2014年9月)





Vol.91
  居座る人

 夏、オクラホマで夫の大学院時代の旧友家族と会った。彼らの家に行くと先客があり、その女性の話によると、空き家になった母親の家に見知らぬ誰かが住みついているのに気づいた。追い出そうとしたら便器やキッチンなどを壊して盗んで出て行った・・。
 ちょうどその直前ごろ、カリフォルニアでもある“事件“がテレビニュースになった。内容は、若い夫婦が雇った住み込みの子守(60代の女性)が、子守仕事を放棄したので家から出て行ってもらおうとしたら、「あたしにはここに住む権利がある!!」と拒絶されたというのだ。以来、女性は住み込み部屋に内側から鍵をかけて暮らしている。若夫婦は冷蔵庫に自転車盗難防止チェーンをつけ、食料までとられないようにしている。いよいよ裁判に踏み切ったが、裁判は何ヶ月もかかるから、その間女性はタダでお部屋に住めるの♪という算段。
 いやー、スゴいですね。日本には不退去罪がありますが、夫に調べてもらったところ、カリフォルニアでは例えば誰かの空き家に住み着き、出て行けと言われず5年間固定資産税を払い続けたら(本来の持ち主は払わない)、その家は住み着き人の物になるそうです・ギャ!!
 とはいえ、いくらアメリカでも不当な居座り権利は認められてないわけで、この元子守が出て行く日はいつか来る。でも、小部屋にずっとこもってるっての、筋力が衰えて死期を早めるだろうし、セルフ刑務所暮らしって気がしてならないのですが、どうでしょう?


(2014年10月)




Vol.92
  野菜を食べないベジタリアン

 今回も夏の旅のお話。ロッキー山脈に住む夫の弟家族と会った。その息子(10歳)と娘(8歳)が、いくらアメリカでもここまでなるまいというスバラシイ偏食家である。
 まず、息子はアレルギー体質のため大豆が食べられない。ということはショウユはもちろん、加工食品に使われている大豆油もダメ。というわけで、彼は某ブランドの冷凍チキンナゲットが一年365日の主食なのだ。ここで「??」なのは、大豆油がダメなら他の油で調理した肉や野菜を食べさせればいいではないか??なのだが、それはナシ。彼の母親(弟の嫁さん)は「太って見えるけどアレルギー体質のせい。彼は小食なの♪」と言うが、わたくしは知っている、彼が時々キッチンでロールパンをひとつふたつみっつ、かっぱらっていくのを・・・
 そして、娘。こちらはアレルギーもないくせ食べる食品はわずか3種類。小麦粉、チーズ、そしてイチゴだ。この超絶プアな食生活がいったいいつまで続くのだろうと、8歳になるこれまで気にしてきたが、ついに今年、変化が訪れた。白ごはんを食べるようになったのだ。オカズなしのごはんオンリーである。母親は「彼女、ベジタリアンなの♪」と言うが、ベジタリアンのベジは野菜のベジ。野菜をいっさい食べないベジタリアンがいるものか!!
 この母親は知識が豊富で、責任感のある立派な女性だ。なのにわが子たちへのこの“甘さ“・・デキる母は子をダメにするのか? じゃあウチは、何の心配もないはずだ・・


コロラド州花のオダマキ。ロッキー・ハイキングにて。

(2014年11月)




Vol.93
  エビケンのショーで見た・・

 エビケンこと蛯名健一さんは、昨年の「アメリカズ・ゴット・タレント」というオーディション番組で優勝した日本人のダンス・パフォーマーだ。この番組はとても人気があり、優勝者には賞金100万ドル(約1億円)が支払われる。
 そのエビケンのショーを観に行った。“ダンス“もさることながら、ご自身で考えられるのだろう設定や演出にもさまざまな工夫がこらされ、衣装を着替える時間や休憩時間まで、たった一人でどうやって持ちこたえるのだろうという2時間を充実したショーに作り上げていた。(たった一人、と書いたが、先の番組で準優勝となったコメディアンがゲスト出演し、過酷な競争を勝ち抜いた者同士のさわやかな友情も良かった。)
 ・・と、ショー自体は素晴らしかったのだが、開演直前、わたくしたちは信じられないものを見てしまったのだ。その劇場の座席はいわゆるS席、A席・・など、場所により料金が異なっていた。お安い席の私たちのナナメ前にいたカップルが、はるか前方の高額な空席へちゃっかり移動したのである。「あれ、ズルだよね」「なんてずうずうしい」と、私たちは周囲の日本人同士でささやき合ったが、まあ彼らは日本人ではないのでそれもアリか・・と、ただ見下げていた。
 すると、なんと休憩時間、前の席にいた日本人のたぶんJKたちが、そのズルの真似をしてしまったのだ!! これには私、たいへん悲しい気持ちになりました。日本の劇場でもやっぱりこういう残念なこと、あるんですかね? 

(2014年12月)





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